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音楽の話がメインの日記帳です。

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 「風立ちぬ」を見てきました。
 見終えた直後の心境はとても僕の筆力では表現しきれなかったんだけど、この感情は欠片でもいいからどこかに書き留めておきたいと思ったので、一晩経った今思うことを断片的にだけ。中途半端になるので、ネタバレへの配慮は特に無しですので一応注意。



 振り返りたいシーンはいくらでもあるんですが、残念ながら僕の力量不足なので、せめて最も重要なラストシーンだけでも振り返りたいと思います。とりあえず3点。
 1つ目。僕は飛行機にもミリタリーにも興味が無いので、ゼロ戦という飛行機の存在は知っていてもそれが零式艦上戦闘機の通称だとは知らなかったくらいだし、その形状もぼんやりとしか知らなかったけど、ラストシーンで特攻隊さながらに親指を立てて夢の空に消えていったゼロ戦の姿は、まさにこのラストシーンで「しか」描かれなかったですね。というのも、二郎が設計した描写のあるのはあくまで「試作機まで」で、テスト飛行を成功させた飛行機の形状は完成形のゼロ戦のそれとは明らかに違っています。つまり、本作はゼロ戦そのものの設計過程はどこにも描いていない。結局、この映画はゼロ戦の航空史的意義であるとか第二次世界大戦における日本であるとかを描くつもりは全くなくて、「ゼロ戦の開発物語」ではなく「開発者の物語」に巧妙にすり替えられた紀伝体なわけです。そこでイデオロギーの消臭は完了している。同時に、宮崎駿の葛藤も脱臭している。ここがまずこの映画の成功のひとつだと思う。

 2つ目。ゼロ戦が活躍する戦争のシーンはついに描かれませんでした。作中幾度と無く描かれるテスト飛行のシーンのうち唯一の成功シーンの影で、二郎の妻、菜穂子が亡くなっているシーンも同様に描写はなかった。敗戦も菜穂子の死もそれぞれ公開前から確定した事実として明らかになっていたわけで、あらためてその描写をすることは必要なかったんでしょうが、それを差し置いても「風立ちぬ」は「何を描かないか」が重要だった作品だと思います。この作品を改めて振り返ると、決定的な「悲劇」はどこにも描かれていなかった。他にも、関東大震災はむしろ二郎と菜穂子の出会いのシーンとして、あるいはスタジオジブリの映像技術の粋を集めた映像美のシーンとして用いられています。あの大地が揺れる映像はCGでの同様の表現を凌駕してると思う。悲劇として描こうと思えばどこまでも悲痛に作れたはずのこの映画は、しかし、そこに「泣き所」を設定してはいません。そして、これはどこか非人間的な淡白さを醸し出す主人公・堀越二郎の視点に則った作風でもあると思う。菜穂子の死を悲しんでいるシーンすらこの映画にはなかったのだから。
 二郎の淡白さは悲劇を隠してしまう効果もあったし、仕事人として生きた当時の男性の姿を象徴的に描いたものともいえるかもしれないけれど、映画的には「描かれない悲劇にこそ美が潜んでいる」という不文律に則った、宮崎駿渾身の演出なのかもしれないと思います。

 3つ目。「君の十年はどうだった?」というカプローニの最後の問いは、本作に込めた宮崎駿のメッセージでも最も重要なひとつ。70歳を過ぎた宮崎駿は、この映画で問うているのだと思いました。身が引き締まる思いでした。


 その他に、全体に係る話をいくつか。
 二郎は菜穂子ではなくまずお絹に恋していたのだ、という岡田斗司夫の指摘はまさにその通りだと思います。岡田さんの指摘する、二郎への届け物のシーンで二郎が想起するのがお絹の後ろ姿だ、という事実は決定的だし、菜穂子と再会するシーンで二郎が菜穂子を思い出さなかったのもまた決定的。初登場時の菜穂子はまだ少女ですが、宮崎駿ロリコン説がいい目眩ましになっていたと思います。ここに気付くと一気に二郎と菜穂子の恋の様相が難しい形になってくる。でも、それでもこの映画が純愛の形を貫いているのはすごい。徹頭徹尾男性視点的でマッチョな映画なのに、これは絶対に女性にも薦めたくなるからすごい。ここはもう無限に深読み出来ると思います。

 庵野秀明の声優起用については、まぁ、ダメでしょう。でも全部ダメではなかった。完全な棒読みだからこそドラマとして成立している箇所は確実にあった。棒読みでなければ菜穂子と愛を確かめ合うシーンは恥ずかしくて見てられなかったでしょう。同じくらいかそれ以上に、棒読みのせいで台無しになってたシーンもあるけど、まぁ、糸井重里よりはまともだと思います。庵野がもしもう少しでも演技が上手かったらこのバランスは生まれなかったろうし、全肯定は出来ないけど全否定もできない、ただ声質は完璧にマッチしていたと思います。あと、瀧本美織は素晴らしかったと思います。元々僕は女優としての彼女のファンですけど、惚れなおした。


 うーんと、やっぱり断片的にしか言葉に出来ないですね。でも、この映画は本当に素晴らしかったと思います。まだ1度しか見ていないのが勿体無いくらい。また劇場に行きたいと思います。本当にいい映画です。 

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